「将来の夢」という言葉に違和感を感じる・・・。〜「現実的を見ろ」って何だよ!〜

中学・高校などに入った時。

「自己紹介」というものをさせられる。

そこで言わされることの多い、「将来の夢は何か」という話。

そして真面目な顔して、皆は答える。「医者」「警察官」「プログラマー」「教員」「弁護士」…と、そういう風に答えていく。

しかし、そこで僕はモヤっとした感覚を覚えた。

なんだろう、どこか、違和感がある。

だって、あの頃は

あの頃・・・。小学生の頃や、それよりも前とか。

将来の夢を聞かれることはあったが、答える内容は誰も、なかなか自由で、純粋だった。

「仮面ライダーになりたい!」「世界一周したい!」「大金持ちになりたい!」「プロ野球選手になりたい!」「ドラえもんをつくりたい!」

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皆、今の風に真面目な顔して答えるのではなく、目をキラキラと輝かせて答えていた。

しかし、いつからか、「将来の夢」という言葉は「将来なりたい職業」という意味に変わってしまっていたのだ。

いつだろう。意味がすり替わってしまったのは。

小学時代は、「夢を大きく持て」と言われていた。

しかし、中学生になってからは、「将来の夢は?」と聞かれた時は「将来なりたい職業」として答えるようになっていた。何故だろう。先生らが言っていたのかとか、記憶にない。

中学三年生、受験生になった時、先生らは言った。「将来の夢を決めて、そのためにどういう進路を取るべきか、考えて行動しましょう。」と。

高校生になり、教師相手に自分だけの大きな夢を話してみる。すると、「現実を見ろ。」「社会はそんなに甘くない。」「そんなことをして食っていけるのは、ごく一部だけだ。」と言い、否定してくるのだ。

多くの人は「将来の夢は」と聞かれると、「なりたい職業」を答える。記事の最初で挙げた通りだ。

そこには、小学時代に描いていた、自由で、純粋な発想のカケラはどこにも残っていない。

でも、「将来の夢」と「なりたい職業」は、イコールじゃないよね。

ここでいう、「夢」とは。Wikipedia教授に聴いてみましょう。

将来実現させたいと思っていること。願望。願い。

引用元:夢 – Wikipedia

うん。そうですよね。「なりたい職業」って意味とは限らないですね。

「お金持ちになりたい」だって、立派な夢です。

そして、夢から発展させて将来の職業を考えていくべきではありませんか?

今の学校教育は、いきなり生徒に向かって「将来の夢を考えろ。決めろ。」と言ってきます。

まあ、教師らが言ってくるのは、直訳すると「将来、どんな職業に就きたいか」です。

ですがいきなり、よくわかりもしないのに「どんな職業がいいか」って。おかしいですよね。

「こんな夢があるから、こういった職業に就きたい!」と考えていくべきかと思いますがね。

お金持ちになりたいを当てはめると、「お金持ちになりたいなりたいから、こういった職業に就きたい!」と考えると、なんとなく筋が通るでしょう。別に、学校に行くこと自体が必要ない場合もあるでしょう。

しかし、「なんでこの職業に就きたいのか?」といった理由さえもわからず、将来の職業を考えさせられている人が高校生のほとんどっていうのが今の現状。

そりゃあ、「将来何になりたいかわからない」ってなるのも、当たり前でしょう。

でも逆に、大きな夢を話してみると否定されたし。「難しい」って。orz

小学時代は「大きな夢を持て」って言われてたのにい〜。orz

なんなんだよ〜〜〜〜

まあでも所詮、学校って、国による会社員養成機関ですからね・・・。僕の考えでは。

違和感の正体

意味がすり替わってしまった感覚、理由がわかりもしないのに将来の職業を考えさせている感じ、大きな夢(経営者になって、日本一、世界一の金持ちになる!とか)を否定してくる感じが、違和感の正体なんでしょう。

人生は一度しかない!!!

人生は一度きりです。

教師なんか、あくまで今まで経験してきたパターンから外れた道を「難しい」と云い、自分たちの定めたレールに沿った道を行かせようとしているだけです。

理由がわかりもしないのに、そして自分が考えている道があるのに、将来をコントロールされる筋合いがありません。

いいですか。大きな夢を否定されようと、自分の信じた道を行きましょう。

成功者は皆そう言っています。

 

最後までお読みいただきありがとうございました。では、また。