【天才が潰される】馬鹿と天才は紙一重で、凡人や秀才、努力家は平均的で。【才能と努力の方程式】

才能と努力の方程式に関して、また一つ思いついたので、記事に書いてみようと思います。

「馬鹿と天才は紙一重」、「凡人や秀才、努力家は基本が平均的」ということです。詳しく掘り下げて見ていきましょう。

この記事を読んでから読むこと推奨です+要約

ちなみにこの記事は、才能と努力の方程式~才能あり好きな分野ならば、苦痛を感じず楽しい~を読んでいることを前提として書いた記事です。↓

内容を要約すると、

・才能×努力=結果

・式に代入する才能の数値と努力の数値は、5が上限

・才能<努力=苦痛、才能の数値より努力の数値が多ければ苦痛を感じてしまう

・イメージ表↓

才能0の分野そもそも、やったらダメ・・・
才能1の分野努力したところで、絶対に無理、超苦痛
才能2の分野まあ、できないこともないけど、やったら苦痛
才能3の分野平均レベル。努力が効く、少し苦痛
才能4の分野平均超え。才能アリ
才能5の分野天才。この分野ならいくらやっても楽しい

詳しくは、記事「才能と努力の方程式~才能あり好きな分野ならば、苦痛を感じず楽しい~」をどうぞ!

では、本題です。

馬鹿と天才は紙一重。才能5が少しあり、才能0、1が多い

馬鹿は、才能0や才能1が多いです。馬鹿ですから(悪口・・・)。

天才は、才能5を少し、持っています。天才ですからw 4もあったり

ですが・・・、馬鹿に多い、才能0や才能1の部分以外に目を向けたら・・・、

実は、馬鹿に見える人って、才能0や才能1の部分が周りから「見えている」から馬鹿に「見えている」ことが結構あったりするのですよ。そういった人に限って、結構才能5があったりする、つまり天才、というのが持論です。

でも、僕が言ったって、誰も信用しませんよね。そこで、あの方の、この名言を借ります。

アインシュタイン「バカを試みる者だけが、不可能を可能にできる」

そんな彼・アインシュタインは、今でこそ天才として有名ですが、小学生時代は「のろま」などと同級生にバカにされ、要領が悪く・・・、勉強は、算数は異様なほどできたが、それ以外は全然だめだったようで。

そして天才は、その逆。才能5の部分が周りから「見えている」から天才に「見えている」のだったり・・・、いや、天才だけどw

しかし、才能0や1の分野を周りには見えない部分に秘めていたりするのでは、などと思います。

たとえば・・・、またアインシュタインの例を出します。アインシュタインは小学生時代、算数は完璧にできた上、自分で法則を発見するほどだった。が、それ以外は全然だめなことだらけだった。才能と努力の方程式的に言うと、算数は才能5、それ以外は1もしくは0・・・。

つまり、もう、わかるでしょうか?

小学生時代のアインシュタインの、算数を見れば、才能5、すなわち「天才」に見え、それ以外を見れば、才能0や才能1、すなわち「馬鹿」に見える、ということです。一言で言うと、「極端」。

そしてこういった天才たちが歴史を作り、社会を変えて、今を作り、そして変えていっています。ですが最初の社会からの反応・目は冷ややかなものです。なぜなら、周りからはどうしても才能0や才能1の「馬鹿」の部分が写ってしまう事が多いからです。ですが・・・、

何が言いたいかって、馬鹿と天才は紙一重。才能5を持つ人たちの才能を、どんどん発掘していきましょうよ、と思うわけです。

才能5分野で本気でやったら、つまり努力5したら(とは言っても周りから見たら「努力」というだけで、本人がそう思っているとは限らない)、才能5×努力5=25、最高の成果です。

この「25」の成果は、相対性理論(アインシュタイン)などの人類に貢献レベルのもの、と考えています(この才能と努力の方程式は筆者独自のものだから結構自由に考えられる)

ちなみに、表を作ってみました。

分野A分野B分野C分野D分野E分野F(平均)
天才A1511111.66666666666667
天才B1154001.83333333333333
馬鹿A1111251.83333333333333
馬鹿B5111011.5

平均がとんでもないことになっていますねw

これも天才の狂気的ななにかを表しているのでしょうか?(適当w)

そもそも、天才と馬鹿を分ける必要がないような感じですが。

というわけで次、凡人・秀才・努力家、行きましょう!

凡人や秀才、努力家の特徴は、才能3

凡人や秀才、努力家は、才能3の分野だらけだと推測しています。

そして、天才や馬鹿の素質である才能5や才能1はもっておらず、才能2や4をそれなりに持っている。そして、平均すると、結局才能3になる・・・、という感じです。

つまり、凡人や秀才、努力家の特徴は、才能3、真ん中。基本が平均的ってことです(結果は努力で上げるイメージ)

ちなみに、秀才=努力家、と扱っています。

つまり、イメージとして表にしてみると、こんな感じです。

分野A分野B分野C分野D分野E分野F(平均)
凡人A2434233
凡人B2334333
秀才A4442223
秀才B3333333
努力家A3323433
努力家B2233443

凡人・秀才・努力家のなかでも、「努力は必ず報われる!」「努力は人を裏切らない!」とか言ってる人が結構いますが、これにはわけがあります。そしてこれが、凡人・秀才・努力家は才能3だらけだと予想した理由の一つです。

才能3だらけだと、どうなるか。才能3の分野で5の努力をすると、才能3×努力5=15となります。才能<努力になっているので苦痛を感じますが、かなりの結果を生み出せます。さらに、得意分野で才能5の分野で1~2の努力をしている天才に勝てます。天才は才能1の分野が多かったりするし、なおさら・・・。

つまり、「努力は必ず報われる!」「努力は人を裏切らない!」というのは、実際にそういう体験を結構しているなどで、そう思っている、ということなわけです。よって、秀才や努力家(というか、秀才=努力家と扱っていますが)が才能3だらけの人だと予想したわけです。

さらに、「努力は天才に勝つ」というのも、あながち間違いではないわけです。って、マジか!筆者の個人的には逆のこと証明しようと思ってたのに、こんな結果になってしまった・・・。

いや、天才が才能5の分野で5の努力したら、25、誰も敵いません。無敵です、と言っておこう。

そして、才能3だらけということは、5段階の才能の中でも真ん中なので、「平均的な才能だらけ」ということになります。つまり、凡人もこの「才能3だらけの人」のくくりにはいる、ということになります。

というか、秀才や努力家は後天的なものです。つまり、凡人が才能を超える努力(才能3で努力5をするなど)、つまり才能<努力になっているので苦痛になりますが、それでも努力を続けて掴み取ったのが、秀才や努力家(秀才=努力家だと認識しているが)、というものなのではないかな、と思います。

最後に:天才が潰される・・・

凡人が、努力して掴みとったのが、秀才や努力家。

天才は、「馬鹿と天才は紙一重」で、「馬鹿」の一面が見られがちだが、実は誤解されているだけで中身はかなりの天才・・・、これ、もしかして・・・、

凡人や秀才や努力家が、天才の「馬鹿の一面」を見て誤解し、努力しろ努力しろと圧力をかけて、才能1の分野であるのにもかかわらず努力を「させて」、結果、才能5まで壊れてしまう、ということがあったりして・・・、とか思ったりしました・・・。才能ほぼオール3の人たちにとっては、才能0、才能1、というのが理解できないのです。「努力は必ず報われる」とか「努力は人を裏切らない」とか言って・・・。また今度、それに関する記事を書いたりしようかな。

才能と努力の方程式で隠れた天才の人たちを理解してくれる人が増えるといいな・・・。

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